170925(月) 『無銭経済宣言』①

こんにちは。

津村小太郎です。

 

『無銭経済宣言』を紀伊国屋書店で買いました。

 

無銭経済宣言――お金を使わずに生きる方法

無銭経済宣言――お金を使わずに生きる方法

 

 

夢中になって読み進めています。

お金を使わない生活にチャレンジしているアイルランド人が書いた本です。

 

ぼくはお金を使わずに生きることにした

ぼくはお金を使わずに生きることにした

 

 

なぜグローバルな資本主義が間違っているのか、なぜローカルな贈与経済を構築しなければならないか及びどのようにそれを構築するのかが書かれています。

全体の構図は、理論編と実践編に分かれています。

昨晩と今朝で、理論編の途中まで読みました。


まず、グローバルな資本主義は、自己概念を皮膚で覆われた自分まで縮小し、そこから外の世界を自己とは異なるものとして区別するという誤りを固定化します。

そのような自己概念は、動的な平衡性、体内の細菌との共生、排泄物や体液が体外へ出る前と出たあとでの感じかたの違いその他の事象を念頭に置くと、決して自明ではありません。

また、人間は一人では生きていけず、空気、水、土壌、植物、動物及び家族その他の他者に依存しているし、自らも何らかの意味で他に依存されています。

本来、そこに貸し借りの意識はなかったはずだけれど、物々交換をするようになり、続いて貨幣が取引の媒介手段になるにつれて、お互い様の関係が損得勘定しあう関係に置き換わりました。

見返りがなければ与えないし、築いた富はさらなる富を産むために投資します。

こうして貧富の格差が生じ、それは拡大の一途をたどります。

また、お金を払って財やサービスを手に入れる側は、支払いさえ済んでしまえば何も負い目がないということになります。

相互に生かし、生かされる関係を忘れ、価格が自然界の搾取や後進国の人々の搾取を前提として成り立っていることに無自覚です。

このようなスタイルが永続可能なはずがありません。


第2章では、著者が提唱する、ローカルでローテクな贈与経済について説明されます。

その定義は、歩いていける範囲内で調達可能な物資だけを元手とし、無償の贈与を通した共同自給による経済です。

グローバル経済では、途上国で労働者や資源を搾取して作られた製品を、環境負荷をかけて輸送します。

製品を購入する者は、見えない搾取に無自覚です。

それに対し、生きるために必要なものを自分の足だけで手に入れたり、自分の知り合いからだけ譲ってもらえば、仮に無理が生じたとしても、すぐに気づいて、自分事として手を打つことができます。

世の中には、ハイテク機器が環境問題を解決すると考える向きがあります。

しかし、多大な研究開発費を踏まえると、ハイテク機器は大量生産でなければ元がとれません。

大量生産のためには、資源を大量に使わなければなりません。

地域ごとに適正な技術を用いることにするのが、もっとも無駄を生まないのです。


第3章のテーマはPOPモデルです。

POPモデルとは、理想と現状の間を何段階かに分け、少しずつ進んでいくという考え方です。

一足飛びに理想にたどり着くことはできないけれど、少しずつなら変わることができ、次の段階が現実的なものに見えてきます。

反対に、理想を意識することがなければ、中途半端な実践で終わってしまいます。

 

だいたいこんなところまで読みました。

続きを要約する保証はありません。