170927(水) 働く意味/働いてみて分かったこと

こんにちは。

津村小太郎です。

 

人から聞かれて、ぱっと答えられなかったことを考えてみます。
僕にとって働くことの意味は何であるか。

 

就職する前は、自分の能力を活かし、自分の理想とする社会に近づくために貢献したいと考えていました。
自分の能力は、勉強ができるという意味での頭のよさと、人あたりのよさ(聞く力)、ある程度の論理性だと思っています。
自分の理想とする社会は、大量生産・大量消費から脱却した、持続可能な社会でした。

国家公務員を志したのは、0から1を生み出すのは苦手だけれど、上述のような強みをより求められるのが役所だと思ったからです。

いざ働いてみてわかったことがあります。


それは、仕事は思っていたよりもしんどいということ。
週に5日、フルタイムで働くだけで、肩はこり、腰は固まり、心はすり減ります。
ひどいときは残業続きで睡眠不足になります。
論理的であることを常に求められます。
案件をいつ、どこまで上げるか間違うと、センスがないということになります。
少しは慣れてきたけれど、上司を見ていると、役職が上がるだけさらなる論理やセンスが求められるようだし、また、異動するたびに新しいことを覚えなければなりません。
しんどさは、定年まで続きます。
「成長しつづけるには、その時々の自分の能力をやや上回る仕事に取り組み続けることが必要」と聞いたことがあります。
そこまでしてつかんだ成長は、幸せな人生にどう役立つのでしょうか。

 

自分の選択に後悔はありません。
大学卒業後、田舎暮らしに飛び込んでいたら、それはそれで大変な毎日で、官僚になればよかった、と思っていたかもしれません。
そこから勉強して(法律の知識等を忘れているので思い出すのが大変なはずです)官僚になって、結局今のように心をすり減らすよりは、大学時代に勉強を済ませておいてよかったと思います。